続・フィットしたパンツルックの女性のお尻に浮き出る下着のクロッチ部分について |
私のブログのテーマは妻である。“縛り”と言ってもいい。なんなら“枷”と、でも。だからと言って、私にとって妻が縛りであったりカセになっているという意味ではない。単に「妻にマツワル話しか書いちゃだめ!」と決めただけである。理由はその方がブログに統一感がでるからだ。また、テーマがあると書きやすいからでもある。
従って、たとえば、「東京江戸川19歳女性監禁不明」事件について「あんなもの自業自得だろうよ。出会い系サイトで知り合った男の車にひょいひょい乗るような女はそんな目にあうのだよ。殺されちゃったよ。あの男に既に殺されて山中に埋められているよ」などと仮に思っていたとしても、(いいですか仮にですよ)、仮に思っていたとしても書かない。私がアイドルだったらそんなことを書いただけで炎上してしまうであろう。しかし、書かない。それは炎上が怖いからではない。私の妻とは何の関係性もないからである。
しかし、ゆえあって今日は、“妻はじき”である。親指の腹に“妻”を乗せ、人差し指で“爪弾き”である。
理由は、昨日の続きを書きたいからだ。そう、フィットしたパンツルックの女性のお尻に浮き出る下着のクロッチ部分についてである。
さて、昨日の結論通り、フィットしたパンツルックの女性のお尻に浮き出る下着のクロッチ部分はエロい。とてもエロい。ジュクジュクとしたエロさだ。スコール後の熱帯雨林のような、湿度100%のエロさである。
話はずれるが、股間と言えば白い妖精だ。76年のモントリール、80年のモスクワオリンピックで活躍した憧れのコマネチが東欧的分厚いナプキンを付けたまま演技した時、童貞ながらも、いや童貞であるがゆえに、その股間に惹きつけられ「あ、あれは、一体!?」と、「白い妖精の股間が!?」と、「あれが伝説のモリマンか!?」と、膝をガクガクさせたのを今でも鮮明に記憶している。
マンを見たことのない童貞であるがゆえに、有り得ない盛り上がりようの白い妖精マンを、東欧的分厚いナプキンを付けた白い妖精の股間を“モリマン”と勘違いしてしまうという浅墓さをともなった純情が、純情でありながらも視線と妄想は大人以上にハレンチで、(同級生の女に)「あれは東欧的分厚いナプキンだ」と教えられるまで、“妖精”と形容されたナディア・コマネチのその可憐な容姿とグロテスクな股間とのギャップに思い悩み「無理だ。私には白人女性は無理だ」と、何が無理なのかすら分かっていなかった童貞にも関わらず、なんなら日本人だって無理だった当時、白い妖精妄想と突き付けられた股間的現実の板挟みに思い悩み、思春期的純粋な憧憬とリアルな下半身的エロ&グロによって、エポケーに追い込まれながらもナディア・コマネチの演技にかじりついていたのであった。
思えば、私の女性の股間への憧憬は、ナディア・コマネチが原点かもしれない。
、、、ずれたまま話が長くなった、ずれずに安心ユニチャーム。そうなのだ!。コマネチがユニチャーム製アクティブスリムを付けて演技をしていたら、私の股間幻想も今とはまったく違うものになっていたのかもしれない(どうでもいっか、そんなこと)。
ということで、回れ右!。180度回転させて、お尻を向けて、パンツルックのクロッチレリーフである。
しかし、それにしても興奮するにも限度があるだろう!という自戒を込めた話である。あるいは、どこまでなら興奮しても正常か?という異常正常の境界線、グロバールスタンダードを推し量る話でもある。
フィットしたパンツルックの女性は突然現われる。ふと階段を見上げた瞬間、そこには既にクローズアップ状態で下着のクロッチ部分が私に迫ってきているのである。ケースバイケースではあるが、クロッチレリーフは、唐突に出現し、かつ、クローズアップ状態で目前に、である。
つまり、どんな女性か?という興奮するには最も大切な要素の1つが欠けているわけである。欠けたまま既にパンツから浮き上がるクロッチだけが独立した生き物のようにアンニュイな動きで私を魅了してしまっているのだ。
スクランブル発進した私の脳に状況を冷静に判断する能力はない。視線はクロッチレリーフに即座にロックオンしてしまい、「確認しろ、確認しろ、どんな女なのか確認しろ」という冷静な脳の命令が発せられるのはだいぶ後になってからになる。
つまり、場合によっては、とんでもないシロモノで、有り得ないクロッチレリーフで、興奮しようのない女のクロッチレリーフに(素直に書けば)「勃起してしまった」などということもあるのだ。
分かり易く書けば、グデングデンに酔っぱらった翌日、隣りでクラス1のブスが裸で寝ていたみたいなことである。「え~、やっちゃったの、オレ!?。つうか、この女で勃ったのかオレ!?。」みたいな。、、、しかし、やってしまったのだ。勿論勃ったのであろう(覚えてないけど)。
どうするよ!?。
想像してみてほしい。、、、最悪でしょ。男のサガを呪うでしょ。
そこで、どこまでなら勃ってもOKか?という話になる。
仮に私の妻をミシュランの三つ星レストランだとする。この三つ星レストランのオーナーとは懇意であるため、いつでも好きな時に予約を取れる。さて、ここで新たに行ったことのないミシュラン一つ星レストランがあるとしよう。一つ星つうたって、それなりの値段はする。そうそう、三つ星や一つ星で食事はできない。すると、必然的に懇意な三つ星レストランへ出掛けてしまい、なかなか、新しい一つ星で食事ができないことになる。
しかし、これはレストランの場合だ。
妻の場合、状況が変わってくる。つまり、ひつこく書くが私の妻は三つ星である(「本当に三つ星か?」という素朴な疑問が上がるかもしれないが、、、無視)。もとい、私の妻は三つ星だ。仮に、ここに知らない一つ星程度の女性がいたとしよう。引き続き仮に、その女性がパンツルックで私の目の前を歩っていたとしよう。しつこく仮に、その女性が普通のパンツ(下着)を穿いていてパンツラインからクロッチレリーフまでがアカラサマになっていたとしよう。
当然、スクランブル発進した脳によってクロッチレリーフはロックオンされ、私は勃起してしまっている。
妻は三つ星でありながら、一つ星に勃起してしまっている。これがまた、男のサガである。レストランの選択では優先順位が下位であった「食べたことがない」という条件が三つ星を凌いで一つ星へと向かわせる。
なんなら、クロッチレリーフどころではなく、スラックスを脱がしてパンツのクロッチ部分を真近で見ることのできる三つ星妻よりもクロッチレリーフの見知らぬ一つ星女性により興奮するわけである。
パンチラにしたってそうだ。見知らぬ女性のパンチラは興奮する。朝、パンチラを見ただけで、その日は“ついている”一日であるような気にさえなってくる。家に帰れば、三つ星妻のスカートを好きなように捲ってパンチラできるのに、である。
なんなら、パンツを脱がしてマンチラだって自由自在だ。インリンのようなM字開脚をさせクリトリスを思う存分に弄ることだってできてしまうのだ。そんな画像をここに載せようと思えば載せることだってできるかもしれない。
しかし、そんなことより、朝の見知らぬ女性との一期一会的パンチラだ。しかもその女性が一つ星でもだ。一つ星どころか、街の洋食屋さん級でもそちらを選んでしまうかもしれない。そして問題はこのままどこまで落とせるか?どこまで落とした状態で勃起しても正常か?という話である。
妻が三つ星だとして、ロイホ級女性に勃起してしまって正常であろうか?、ガスト級では?。ロイホ・ガスト級つうたら、もう、たとえば、「お尻をすっぽり全部覆ってしまっているようなデカパン」とか「パンツを1週間洗ってません」とか「猫を4匹飼ってます」というような女たちである。そんな女のクロッチレリーフに勃起してしまっても正常であろうか?。
じゃあ、マックは?。落ちるところまで落ちてファストフードのマック級でも正常だろうか?。てりやきメガマンコ(いや~ん、下品)を包装したパンツのチラッに喰らいついてもいいのだろうか?セットメニューでポテトとコーラのLまで注文するようなハメに陥るかもしれないが、それも許されるのだろうか?というなんだかメタボな話にもなってしまうようなパンチラである。、、、んーーー、でも、勃起してるな。冷静に過去を振り返るとどんなパンチラにも反応しているもの。理性はない。まるで動くモノなら何にでも反応する下等動物のようにパンチラに反応してしまうのだ。
クロッチレリーフだって同じだ。よく見たら完全に賞味期限切れ!なクロッチレリーフ。だから、クロッチレリーフから視線を上げて女性を確認した時点でPTSDによる急性EDで3日間ぐらい勃起不全に陥ってしまうような女性つうか、おばさん?、いや、すごいおばさん?、どちらかと言えば、むしろおばあさん?みたいな。、、、そんな私はおばかさん?。